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Butterflies Are Free : Foxcatcher

舞台鑑賞好きの私の日常。

Foxcatcher

2015年03月03日(火) コメント:0 トラックバック:0

映画、Foxcacher鑑賞。

ラジオ番組で紹介されているのを聞いて、非常に関心を持っていた。
しかし、明るく楽しく、見終わったらハッピーになれるような類の映画ではない。
むしろ、重苦しさを感じるような作品ではなかろうか。
ということは、初めからある程度予想していた。

もしかして、鑑賞中、いたたまれない気分になるかもしれない。
いっそ、出かけるのをやめようか。
もう少し時間をおいて、DVDが発売されてから、自宅で観るというのはどうだろう。
だが、自宅では、私のことだから、しんどくなったら中断し、小分けにしながら観るかもしれない。
それどころか、再生自体途中で止めてしまうこともないとは言えない。
それではダメだ。
やはり、映画館という逃げ場のない環境で、最初から最後まで通して観ないと。

ということで、鑑賞予定日の二日前にチケットをネット予約する。
支払いは、事前、当日どちらも可能。
天気予報によれば、当日は雨らしい。
当日清算では、おっくうになってキャンセルしかねない。
となれば、事前に済ませておくほうがよいだろう。
そうすれば、お金惜しさに嫌でも行くだろうから。
(私は自分のことをそれほど信用していないのだ。)

かくのごとく、何重にも縛りを用意して、雨の中、映画館に出向く。

鑑賞後の感想。
やはり、観てよかった。

(これからご覧になる方で、事前情報仕入れたくない方とはここでお別れです。)

フォックスキャッチャー 公式サイト

●全体的感想

全編を通し、冬の日差しを思わせる、熱のない光の中で撮られたような映像、という印象。

現実にあった事件を基にしているので、事実としての結末は最初からわかっている。
だが、そこに至るまでの過程が非常に興味深く描かれていて、画面に引き込まれる。
観客は、主要三人物・ジョン、マーク、デイヴの行動、心理、関係を
終始、緊張しながら観察することとなる。
観ていると、息が詰まり、胸も痛む。
辛くて、目を背けたくなるのだが、魅入られたように、目が離せなくなる。
そして、ひたひたと水が押し寄せるように、悲劇が足元にせまってくるのを感じながら、
最後まで見届けてしまう。
怖いけれど観ずにはいられない。
そんな、強烈な引力を持った作品だ。

物語の中心人物は、ジョン、マーク、デイヴの三人だが、その背景もこの作品の重要な要素だろう。
本作品を見る限り、肉親の愛情に恵まれなかったという家庭環境が、
悲劇の間接的な原因の一つになっていることが推察されるが、
ジョンの家系・デュポン一族が支配するデュポン財閥も、非常に大きな役割を演じているように見える。
現実の事件において、原因究明がどのようになされたのか、私は知らない。
しかし、少なくとも、この映画の中では、冒頭からデュポン財閥の歴史が紹介され、
その存在を観客に強く印象づけるように演出されており、
常に、言わば、裏の主役のように描かれているように感じられる。
何か、物語全体に、黒い影を落としているような印象だ。
ジョンの異常性も怖いが、デュポン財閥が本来持つ後ろ暗さ、不健全さにも不気味さを覚える。
デュポン財閥は公式サイトでも説明されているが、元々は、所謂、死の商人なのだ。
(映画を観ているときには、あまり意識していなかったのだが、
観終わってしばらくしてから、あの底なし沼のような救いようのなさは、ジョン一人のものではなく、
複合的なものだと思い至った。)

●印象に残ったシーンなど
(いささか皮肉なタイトルは勝手につけました。)

1.クイーン=ジャン・デュポン
(ジャン・デュポンとは、ジョンの母親、デュポン夫人のことである。)

マークがジョンの誘いに応じ、初めてデュポン邸を訪れた時のこと。
彼は応対に出たメイドに断って、洗面所を借りる。
そして個室に入ると、壁にデュポン夫人のポートレートが飾られていることに気づく。
マークは、ポートレートにチラチラと視線を走らせながら用を足す。

マークは、なんとなく見張られているような気分で落ち着かなかったのだろう。
デュポン夫人の存在感を暗示させるシーンだと思う。

ジョンも怖いが、この母親も別の意味で怖い。
彼女はジョンにとって、母親というよりは
女王か女帝のような存在だったのではないだろうか。

2.バイヤー=ジョン・デュポン

ジョンは当初から、マークとその兄デイヴと契約を結ぶつもりでいた。
しかし、マークから、デイヴにはその気がない、と聞かされ、
提示した契約金額に不満があるのかと思い、
「彼はいくら要求しているのだ?」(大意)
と尋ねる。
マークは
「(デイヴが誘いにのらないのは)金の問題ではない」
と答える。
この台詞は、字幕では上記の通りだが、実際には
「You can't buy Dave」
だった。

実に簡にして要を得た答だ。
マークにしてみれば会話の流れからこのように答えただけなのだろうが。

この台詞は、他者から見たジョンという人間を端的に表した象徴的な言葉だ。
ジョンにはあり余る財産がある。
だから、欲しいものは、物でも人でも、金を払って手に入れようとする。
一方、デイヴは、金では買えないものがあることを知っている人間だ。
だから、ジョンの金になびくことはない。
ジョンはデイヴを手に入れたかった。
さらに言えば、本当は、誰からも尊敬されているデイヴのような人間になりたかったのだ。
だが、実際には誰からも尊敬されず、金を介さないことには他者と繋がることができない。
「You can't buy Dave」
という言葉は、その後の展開を知ると、さらに強い意味を持ったメッセージに感じられる。

3.プロフェッサー=ジョン・デュポン

ジョンは600人規模の集会でスピーチを行う計画を立てる。
演者・ジョンの紹介役はマークだ。
ジョンは自らが書き上げた紹介文の草稿をマークに手渡し、
読み上げるように指示する。

「ジョンは、切手収集家(philatelist)であり、鳥類学者(ornithologist)であり、博愛主義者(philanthoropist)です」

マークはこの一文に躓く。
三つの言葉がうまく発音できない。
すると、ジョンは自ら発音して聞かせ、マークに練習するように命じる。
同じ言葉を何度も繰り返し発音するマーク。

まるでMy Fair Ladyのヒギンズ教授とイライザのレッスン風景のようだ。
“The rain in Spain stays mainly in the plain.”
という一文をマスターしようとする、あの有名なシーンだ。

ジョンはマークと知り合って間もなく、
「ミスター・デュポンなどという他人行儀な呼び方はよしてほしい。
友人同士でいたいから。ジョンと呼んでくれ。
あるいはイーグル。ゴールデン・イーグル。コーチでもかまわない」(大意)
と告げる。

大富豪の御曹司ジョンは、人間関係といえば、
主従関係しか知らなかったように見受けられる。
だから、友情関係には強いあこがれがあるのか、
少年時代の寂しい思い出をマークに打ち明けたりもする。
マークとは、一時的には近しい関係に発展しかけるのだが、
やがて師弟関係もどきのような関係を経て、
最終的には悲劇的な結末を迎えてしまう。
客観的に見ると哀しい人だ。

※余談だが、philatelist、ornithologist、philanthoropistという言葉を、この映画で初めて知った。
無論、綴りなど知るはずもなく、自宅に帰ってから調べた。
切手収集家はstamp collector じゃダメなのね。
教養のあるジョンには、もっと高尚な言葉がふさわしいのだ。

4.メンター=ジョン・デュポン

ジョンのプロフィール映像制作現場にて。
インタビューを受けるデイヴ。
制作側が望んでいるのは、ジョンを讃える言葉だ。
だが、デイヴはありきたりな言葉しか思いつかず、カメラクルーに助けを求める。
求めに応じ、カメラクルーが台詞を提供する。

「ジョンはメンター(mentor)です」

デイヴはこの言葉に戸惑う。
なんとか発音しようとするが、なかなかうまくいかない。
心が伴わないので、目が虚ろだ。
それでも、自分は雇われの身であり、(結局、弟マークを心配しジョンと契約を結んだのだ。)
家族やマークを守らねばならない、という思いから、必死で演技をする。

メンターとは良き指導者という意味だ。
(英辞郎をひもとくと、mentor:信頼のおける相談相手、良き師[指導者・先輩]、助言者、庇護者、と出ている。)
それは、ジョンではなくむしろデイヴのことだ。
口には出さずとも、誰もがそう感じていることだろう。
しかし、立場上、ジョンを持ち上げなければならない。
ドキュメンタリーの体裁を取りながら、全て嘘で固めた映像が出来上がるのだ。
なんと虚しいことか。
カメラクルーは仕事と割り切り淡々としているが、
誠実なデイヴの表情は見るからに苦しげで痛々しかった。

※深読み的余談

因みにcoach、leaderをいくつかの英和辞書でひくと、
caoach:指導者、家庭教師、指南役、〈米〉《スポーツ》監督、技術指導者、(俳優・歌手の)演技[歌唱]指導者.
leader:指導者、統率者、指揮者、先導者、指揮官、 首領、優位に立つ人
などと出ている。
coachやleaderとは、役割として、指導をする人であって、それ以上の意味はないのだろう。
一方、mentorには、精神的なもの、人格的なものが備わった上で、指導をする人、というニュアンスがありそうだ。
ジョンはコーチやリーダーのふりはできても、メンターにはなり得ない。
そう思うからこそ、デイヴはあの台詞に抵抗を覚えたのだろう。

●心に残った音楽

“Fame”(David Bowie歌唱)
“This Land Is Your Land”(Bob Dylan歌唱)
どちらも皮肉な使われ方をしていて、印象的だった。

●作品の魅力

Foxcatcherは事実の再現ドラマではない。
あくまでも、監督の目を通して描かれた、創造的な作品である。
当然、脚色されている部分も多くあるだろう。
事実と照らし合わせると、時間的なずれもあるようだ。
(かなり大きなずれのようだが。)
また、現実のジョン・デュポン氏が、なぜあのような事件を起こしたのか、
その真相を明らかにしているわけでもない。
だから、事件の全貌を知ろうというつもりでこの映画を観ても、肩透かしを食うだけだ。

この映画の魅力は、そんなことよりも、三人(デュポン夫人を含めれば四人)の主な登場人物の間にある空気感を
観客に伝えている点にあるのではないか。
雰囲気とも違う。
目には見えないが、身体全体で、また、心で感じることのできる、その場に確かに在る空気の感覚だ。
映画のスクリーンという二次元の世界から、そういう空気を感じられるというのがすごい。
独断と偏見でそう思う。

空気感のくだりを読んで、思わず膝を打ちはしなかったが、
心の中で、「そうそう」と頷いた Nothing in particularさんのレビュー。

自己承認欲求という病。凄い映画を観た。
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