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Butterflies Are Free : 「三月の5日間」に思うこと

舞台鑑賞好きの私の日常。

「三月の5日間」に思うこと

2017年12月13日(水) コメント:0 トラックバック:0

チェルフィッチュの「三月の5日間」鑑賞。

三月の5日間 chelfitsch

チェルフィッチュ20周年 特設webサイト

(作品の詳細については、細馬宏通氏のレポートをご参照ください。)

話法の劇、もしくは近接話法としての『三月の5日間』(その1)

話法の劇、もしくは近接話法としての『三月の5日間』(その2)

緊急レポート『三月の5日間』リクリエーション版

この作品では、登場時は、ナレーターとしてある人物について語っていたはずの演者が、
いつの間にか、その人物と同化したかのような語り口で台詞を発している、ということが
当たり前のように繰り返される。
また、登場時から、ナレーターなのか、ストーリーの中の登場人物なのか、男性なのか女性なのかすら
不明のまま、台詞を発する演者もいる。

私は、この特徴的な演技形式(と呼んでいいのかどうかわからないが)を観ているうちに、
ヨージさんのライブを思い出していた。

ヨージさんのライブでは、
素(と思われる)のヨージさん、作品内の芸人ヨージ、芸人ヨージが語るところのヨージの家族、友人等
が登場するが、例えば高山広さんの作品のように、登場人物がくっきりと明確に描かれることもなければ、
落語のように上下を切られることもない。
観客の前にいるヨージさんは、素で語っていたかと思ったら、芸人ヨージになっていたり、ヨージの家族や友人になっていたりと、
描かれる各登場人物の輪郭はいささか朧気だ。

つまり、演者の立ち位置が言葉を重ねるにつれ微妙にずれていく、
あるいは、立ち位置が登場時から定まらない感じが、
両者に共通していると思ったのだ。

ただし、「三月の5日間」には複数の演者がいる。(リクリエーション版では7人。)
一方、ヨージさんは、たった一人であのような(と申し上げても御存知ない方には謎でしょうが)作品を作りあげておられる。
また、「三月の5日間」では、時間は多少前後しながら進行していくが、あくまでもタイトルにある通り、三月の5日間という
短い期間に、主に渋谷で起きた出来事が語られている。
それに対し、ヨージさんの作品は、時間も空間も、振れ幅激しく行き来しながら進行していく。
この二点は大きな相違点と言っていいだろう。

どちらの作品の方がすごいと優劣をつける気は毛頭ない。
どちらの作品も面白い。
ただ、ヨージさんの作品の構造の方がより複雑であるとは思う。
そして、その複雑な作品を一人で作り上げられる才能は並大抵ではないとも思う。

あの作品の面白さや、ヨージさんの才能を正しく評価してくれるのは、
案外、演芸ファンよりも演劇ファンなのかもしれない。
ヨージさんの潜在的なファンは、演劇の世界に多そうだ。
そんなことも、ふと思った。
(ジャンルの別なく幅広く舞台鑑賞を楽しむ方もいらっしゃることだろうが、
私が体験した限りでは、演芸と演劇では、客層は、やはり異なっている、と感じることが多いのだ。)

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