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Butterflies Are Free : 地味だけど名優たちの演技が光る良作

舞台鑑賞好きの私の日常。

地味だけど名優たちの演技が光る良作

2020年08月09日(日) コメント:0 トラックバック:0

「パブリック 図書館の奇跡」鑑賞。

※ お終いに参考になると(私が)思う記事をリンクしています。

注:大々的なネタバレはしないつもりですが、予備知識少ない方が楽しめると思うので、
これからこの作品をご覧なる方は、スルーするか斜め読みぐらいにしてください。

外国映画を観た後は、本国版、日本版、それぞれの予告編を見比べるのが、
このところのちょっとしたお楽しみの一つとなっている。
同じ作品を紹介しているのに、予告編の印象は結構違って見える。
それがとても面白い。(他の方はどう感じておられるか、存じませんが。)
というわけで、日本版公式サイトと英語版予告編リンクします。↓

映画『パブリック 図書館の奇跡』公式サイト

THE PUBLIC Official Trailer

鑑賞後、シンシナティについてどんな都市かちょっとだけ調べてみた。
以下、Wikipediaの記事の抜粋。

<シンシナティの気候は中西部としては温暖な部類に入り、夏は南部同様に暑く湿気が多いものの、同緯度の東海岸諸都市と比べると冬の寒さが厳しい、内陸性の気候である。最も暖かい7月の平均気温は24℃、日中の最高気温の平均は30℃に達する。最も寒い1月の平均気温は氷点下0.5℃、最低気温の平均は氷点下5℃まで下がる。>

<シンシナティの図書館システムはその蔵書数の多さにおいて、全米でも有数である。シンシナティ・ハミルトン郡公立図書館は約882万冊の蔵書数を誇り、公立図書館システムとしてはボストン公立図書館、ニューヨーク公立図書館に次いで全米第3位である。加えて、シンシナティ大学は約438万冊を所蔵しており、オハイオ州の大学としてはオハイオ州立大学(約616万冊)に次ぐ蔵書数を誇っている。>

なるほど。
だから、作品の舞台をシンシナティにしたんだ。
例えば常夏の島の小さな図書館では、この話は成立しないものね。
白熊の剥製を預かれるくらい、天井が高く、広々とした図書館でないと、
氷点下に凍えそうになっている多くの人々の避難場所にはならないわけで。

白熊君、存在感あります。
まず、ストーリーの最初の方に出てきて、主人公のスチュアート同様「なぜ、ここに白熊が?」と
思ったけれど、見終わってみれば納得。
ワニの剥製なんかではふさわしくない。
寒さを連想させる生物でないと。
それに、皆が最終的に起こした行動、というか雄姿ともダブるのだなあ。
そのことに気がついて、ニヤリとする。
出番少ないけど(しっかりアップで写されるのは、主に最初と最後だけなので、鑑賞中はほとんどその存在忘れている)、
白熊君、なかなか重要な役割果たしてます。
この隠し味のようなユーモアのセンスがニクイですね。

白熊君はほんの一例で、社会的な問題を扱っている作品だけど、随所に笑える場面があって、
リラックスして見られるのがいいなと思う。

登場人物は皆、それぞれの立場で真面目に誠実に生きているのだけど、
悩みを抱えていたり、なにかしら弱点や欠点があったりして、完璧な人は一人もいない
というところがリアリティがあって親しみがもてる。

例外は、クリスチャン・スレーター演じる検察官だろうか。
スネ夫的に嫌な奴だし、身近なところにいたら、お近づきにはなりたくないタイプだが、
それでも勧善懲悪ものの悪役ほど悪も強くないし、憎々しげでもない。(個人的見解。)
周囲の人間から丁寧な扱いを受けてはいるが、
心の底から尊敬されていないことは、なんとなく自覚している風情がある分だけ
どこかの国の政治家先生方よりはましなのではないか。

テレビレポーターも真実を伝えるというよりは、センセーショナルなネタがほしい、視聴率を稼ぎたい
という欲の方が強いタイプで、主人公を応援したいと思っている観客の目には邪魔者に映る。
でも、今のマスコミって多かれ少なかれこんな感じだよねとも思う。

とにかく、エミリオ・エステベス演じる主人公のスチュアートの実直な図書館員ぶりがいい。
何事にも動じず、何者をも恐れず、どんな圧力にも屈しないエネルギッシュなスーパーヒーローでもなければ、
人望厚く、臨機応変に迅速に物事を解決できる優等生的リーダーでもない。
きっと、どこにでもいる、思慮深く、心優しく、ちょっと気弱で、真面目な苦労人。
地理不案内な土地で道に迷った時、思わず声をかけたくなる、この人なら親切に教えてくれそうだという
雰囲気が感じられる人物だ。

そんな彼が行きがかり上デモの代表者として行動することとなるので、観客としては
スーパーヒーローや優等生リーダーなどより、親身になって声援を送りたい気分になる。
(スーパーヒーローや優等生リーダーなら、全てを任せておけばサクサク難問解決ですからね。)
「リラックスして見られる」とは書いたが、スチュアートがちょっと頼りない分、
どうやって落とし前つけるんだろうかという多少のハラハラ感は味わえる。
そして、スチュアートとその仲間たちが最終的に思いついたアイデアは、
スーパーヒーローや優等生リーダーでは逆立ちしても無理という秀逸の解決策?だった。
これは誰も傷つけない真に平和的な方法で、実に賢いやり方だと感心する。
(誰にでもできることではないが。)

スチュアートだけでなく、他の登場人物も人間臭くて魅力的だ。
実例を挙げると長くなるし、これから鑑賞する方の楽しみを奪うことになるので省くけれど、
私は、アレック・ボールドウィン演じる刑事のビルと、ジェフリー・ライト演じる図書館長のアンダーソンが
特に印象に残った。

先に「リアリティがあって親しみがもてる」と書いたけれど、ちょっと、この展開は無理があるのでは?
と感じた部分もなきにしもあらず。
ドキュメンタリーではないので、全て現実に即したストーリーにする必要はないのでそこは気にしない。
「氷点下の寒さ」と言っているのに、屋外の場面で登場人物の息が白くない、という趣旨のコメントしていた方がいらしたが、
それはそうだけど、私はそこは目を瞑ることにした。
また、こういうデモが起きても、図書館の電源切ったら終わりでしょう、といったコメントもあったけれど、
それを言っちゃあお終いよ、なので、そこも目を瞑る。
(ご本人もそれを承知でコメントされていたのだと思う。)

私がちょっと驚いたのは、スチュアートとアンジェラが知り合ってから親密になるまでの時間があまりにも短いことですよ。
ちょっと打ち解けて、仲良くなって、一緒に夕食食べて、くつろいでお話ししていたかと思ったら、
急接近して濃密な口づけ、ってコマ落としで映画見てるのかと思うくらいだわ。
アンジェラは後々けっこう重要な役を担うことになるので、スチュアートと恋仲という設定にしておかないと、
茶飲み友達とか、近所の世話焼きなおばさんくらいでは、不自然と言うことなんだろうけど。
そして、恋人関係になる過程にそれほど時間をさけなかったので、
(それ自体作品の中で大きな比重を占める要素ではないし)、
いきなり恋の炎が燃え上がるということになったのでしょう。
(熱い口づけのその後は、翌朝のシーンになるので、
観客が各自想像するということですよ。)
そういう作り手側の事情は鑑賞後に振り返ってみて推察できるけど、
作品を見ている時は、思慮深いと思っていたスチュアートがいきなり大胆な行動をとるので、
彼らしくないわ、と感じてしまったわけですよ。
勝手な思い込みかもしれないけど。

ここからは、作品から少し離れて、図書館にまつわる個人的な体験を少々語らせてもらおう。
私の以前の住まいは図書館から歩いて数分の場所にあった。
なので、読みたい本はほとんどこの図書館で借りていた。
面白そうな新刊が出れば、受付にリクエストを出す。
すると、ほぼ百パーセントの確率で購入してくれたので、
新品の本が無料で読めたのだ。
おそらく、比較的新しい図書館だったので、蔵書を増やしたいという事情があったのだろうが、
私にとっては夢のようにありがたい場所だった。
ディック・フランシスの競馬シリーズはほとんどこの図書館でお世話になったはずだ。
以前の住まいはかなりのオンボロだったので、二度と住みたいとは思わないが、
(今はもう取り壊されて存在していないが)図書館と離れてしまったことだけは
非常に残念に思っている。
今の住まいは、図書館を日常的に利用するには不便な場所にあり、
電車を利用しないことには通えない。
往復の交通費を考えると、ア〇〇ンで中古のものを購入した方が結局安上がりではないか
という結論に達し、最近はすっかり足が遠のいている。
しかし、本との付き合い方としては、これはあまりよろしくないのではないか、という自覚がある。
自分が確実に読みたい、関心を持った本しか読むことができないからだ。
どうしても似た傾向の本ばかり購入してしまうきらいがある。
図書館であれば、予備知識なく、書棚に並んでいる本の中から、なんとなく心惹かれた本を借り、
自分がそれまであまり知らなかった世界を知る、という喜びが得られる。
それに、どの本を借りるか迷ったりして、あれこれ品定めする面白さがある。
ア〇〇ンでの買い物には、発見や道草的な楽しみはない。
効率はよいけれど、風情がないと言うか、あまり知的な営みをしている気がしない。
図書館には、ゆとりと文化があると思うのだ。
だから、シンシナティのあのりっぱな図書館を日常的に利用している皆さんが非常に羨ましい。

横浜市の中央図書館もなかなかりっぱで利用しがいがあるのだが、
我が家からは遠い。
それに、敷地内にあるベンチがちょっと意地悪なのだ。
今はわからないけれど、私が訪れた頃は、ベンチの中央にピラミッド型の飾りのようなものがついていて、
なぜこんな位置にこんなものがあるのだろう、と不思議に思ったものだ。
親子や友達同士、恋人同士で並んで座ろうとすると、間を遮るようになって無粋ではないか。
どう見ても邪魔としか思えない。
しばらく考えて、ようやく答えが分かった。
このベンチには、ここに座ってもよいが、寝転ぶことは許さんぞ、という強い意志が込められているのだ、たぶん。
そうでなければ、表面は真っ平でいいはずだもの。
寝転ぶことを許さないベンチとは、おそらく、このあたりにお住いのホームレスの方々がベッド代わりに使うことを
拒絶しているということなのだろう。
スチュアートとはまったく逆の発想をした人が設置したベンチなのだな。
ベンチが全てベッド代わりに占拠されるのも困るから、悩ましいところで、苦肉の策なのだろうけど。
中央図書館は嫌いではないが、あのベンチのことを思い出すと、なんだかちょっと悲しくなるのだ。

などと、いろんなことを考えさせてくれる、よい映画です。
しかし、どちらかというと地味な作品なのに、結構ヒットしているようで、
私が観た回もサービスデイだったせいもあるが、ほぼ満席だった。
(ソーシャルディスタンス席ではあるが。)
こういう良質な作品はぜひともロングランヒットしてほしいものだ。

<追記>

宇多丸さんの評論が、これからご覧になる方にとって参考になると思うのでリンクします。
私は非常に肝心なところを見逃し、聞き逃していたと思い知らされました。
(恥ずかしい。)

宇多丸、『パブリック 図書館の奇跡』を語る!【映画評書き起こし 2020.8.14放送】

せっかくなので、時事通信社編集委員の小菅昭彦さんの記事もリンクします。

米国文学の傑作を物語に反映 「パブリック 図書館の奇跡」のエミリオ・エステベス監督

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